明日の鶏より今日の卵

こんばんは。

一番最初に何を書こうかと迷っていましたが、今日は私が大分前からTwitterのプロフィールに書いている「明日の鶏より今日の卵」という言葉について少し。

 

そもそも「明日の鶏より今日の卵」という言葉はイタリアの諺で、「明日の100より今日の50」とも言うそうです。

 

鶏が生まれたらまた更に卵が得られるけれども明日本当に鶏を得ることが出来るかは不確実である。それならば今持っている卵を使ってしまった方が今を生きるためには確実ではないか。

 

戦争下のイタリアの町で、このような考え方の基この言葉は生まれました。まあつまりは不確実な未来より確実な今を大切にしよう、ということですね。私は翼の王国をパラパラ〜っと捲っていた際にたまたまコラムに掲載されていたこの言葉を知ったのですが、自分の考え方に似てるなあと共感したことを鮮明に覚えています。

 

どうしても人間、先があると思ってしまう甘い生き物なんですよね。まあもちろん、明日私は死ぬかもしれない…ああきっとそうだわ!!なんて常に考えてるやつがいたら病院行っておいでってなりますけど。でも一瞬一瞬を大事にするってものすごく大事なことだと思うんです。未来のために今があるという考え方よりも、今があって未来があるという考え方の方がしっくり来るなあ、と。

 

逆算は大事です。長期目標を決めたら中期目標を決めて、じゃあそのために今何が出来るのか考えることは仕事や勉強においては必要不可欠なんじゃないかと思います。しかし人の感情が絡んでくると少し変わるんじゃないかと私は思っていて。今感じたこと、今やりたい事っていうのはきっと「今」だからでこそなんですよね。そのフィーリングってとってもエネルギーを秘めたものなのではないでしょうか?

 

私は満足のいく今日、そして明日、明後日、、というように1日1日が繋がって気付けば素敵な未来がそこにある、と考えています。未来も未来になってしまえば「今」ですからね。、、、うーん、何だかややこしいなあ。

 

「明日の鶏より今日の卵」

 

皆さんも充実した「今」をお過ごしください。

 

おしまい。